なぜ、ぼくたちは勉強しなければいけないのか?


 

ぼくを含め、学校を卒業して仕事だけをする生活スタイルになると、自然と勉強という世界から完全に離れてしまうケースが多いと思います。しかし、ぼくたちが生きていくうえで勉強はいくつになっても避けることはできません。そこで、今回は「なぜ、ぼくたちは勉強をしなければいけないのか」について考えてみたいと思います。

中国語のことわざに「活到老,學到老」というのがあります。日本語で言うと「習うは一生」と意味に近いと思います。つまり、人は生涯学習し続けなければならないということです。

ぼくの小さいころは、よく母親に「いつも家でゲームばかりして、学校の宿題は?ちゃんと勉強しなさい。」と怒られていたのを覚えています。みなさんも同じような経験があるのではないでしょうか?

ぼくが高校生のときの話です。クラスメイトにS君という男子学生がいました。彼は、毎日のように休み時間、ランチタイム、放課後などわき目もふらず黙々と勉強ばかりしていました。その姿を見ていてぼくは、いつも「なんでこんなに勉強ばかりしとるんやろ?」と不思議に思っていました。そこで、ある日S君に質問しました。「S君、なんで毎日あきんと勉強ばかりしてんの?なんか特別な理由でもあるん?」

すると、S君は「うーん、なんでと言われてもなあ。まあ、でも勉強すれば人生の選択肢が増えるわな。」と答えました。ぼくは、それを聞いて一瞬「なるほど」と感じました。その後、S君は努力の結果、京都大学に進みそして卒業したという話を風の便りで耳にしました。

つい先日、ぼくは肩がこっていたのでマッサージ屋に行くと、そこになんとそのお店で働くS君の姿がありました。「え?S君だよね?久しぶりやな。ここで働いているの?」と聞くと、S君は「そうやで。」と答えました。

状況が全くのみこめないぼくは、S君に「京大卒の君がなんでそんなしてるんや?」と質問すると、彼は「だって、京大卒だからってしないといけない仕事なんて決まってないやん。いろいろできるけど、ぼくはその中でマッサージという仕事を選んだだけやで。」と答えました。

そこで、ぼくは考えました。S君の言っていることは確かにその通りで何をしようがそれはS君が決めることです。彼の言い分を例えるなら、「おこづかいの1万円と1000円の差と同じ」ということです。つまり、1万円なら何でも買えるけど、別に200円のものを買ってもいいわけです。逆に、1000円では10000円のものは買えません。それは、1000円は1万円に比べるとモノを買える選択肢がずっと少ないからです。だからこそ、ぼくたちはこの人生の選択肢を増やすために、何歳になっても勉強しなければならないんです。

ぼくはたまたま外国語の勉強が大好きだったので、外国語だけに夢中にとりくんだおかげで、奨学金で台湾や韓国で勉強したり、仕事で中国や香港で仕事をしたり、通訳でお金持ちの人と知り合い、いろんなためになる話を聞かせてもらったりなど、いろいろな経験をすることができました。

このように、やっぱりなんでもいいから自分の興味ある分野を勉強することで人生にいろんなチャンスが到来すると思います。

自分の人生の選択肢を増やすために勉強を続けましょう。

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投稿者: Dr.K

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